憧れ(あこがれ)
私と笛との出会いは子供の頃だった。
電車に乗るときに聴こえた笛の音。車掌さんが鳴らす、あの鋭いピーっと響き渡る音が忘れられなかった。その呼子の音を聴いた時、「僕は大きくなったら車掌さんになる」と固く誓ったほどである。後になって、目が見えないと車掌にはなれそうもないことがわかりガッカリしたが、あの笛は欲しかった。
施設で育ててもらっている僕にはこづかいというものが無かったので身のまわりにある体温計のケースや一升ビン、ゴムホースなどを吹き鳴らした。もちろん友だちの誰よりもいい音だったと、今でも思っている。
ある時、ラジオから今まで聞いたこともない笛の音が流れ、その美しさにひき込まれた。それはフルートという、今までさわったことの無い楽器だった。「虜(とりこ)になる」とはまさにあのときの状態だと思う。頭からフルートのことが離れず、勉強も手につかなくなった。家庭の事情や全盲であること、こづかいのこと…自分の力で変えられないことはよくわかっていた。しかしどうしてもフルートを吹いてみたかった。
よほどぼんやりしていたのだろう。とうとう先生から呼び出された。打ち明けたからといって事情が変わるわけではなかったが、話したことで肩の力が抜け、再び勉強を始めることができた。
あの時ほど強い憧れ(あこがれ)を今日まで持ったことは無い。
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