常石 勝義さん (草津市在住・34歳)
元JRA騎手で2度の落馬事故で生死をさまよい、今も半身まひなどの高次脳機能障害が残る常石勝義さん。リハビリでランニングを始め、今では年に数回フルマラソンに挑戦するまでになっている。
馬に乗って騎手に併走する「馬上インタビュアー」目指して頑張るその姿が、同じ障害を持つ人に大きな夢を与えている
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元JRA騎手で2度の落馬事故で生死をさまよい、今も半身まひなどの高次脳機能障害が残る常石勝義さん。リハビリでランニングを始め、今では年に数回フルマラソンに挑戦するまでになっている。
馬に乗って騎手に併走する「馬上インタビュアー」目指して頑張るその姿が、同じ障害を持つ人に大きな夢を与えている
最初の落馬は騎手デビューから5カ月後の96年8月。デビュー3カ月で12勝、将来を有望視されていたさなかの落馬だった。半身まひが残ったが半年で奇跡的に復帰、障害レースの騎手としても活躍し、G1レースを制覇した。
ところが04年8月再び落馬、1カ月たっても意識が戻らず生死をさまよった。意識が回復したのは3 1 日目。その後リハビリに励んだものの、奇跡は2度起きなかった。記憶力と判断力が低下して、日常生活さえできず、一人で電車やバスに乗ることがリハビリの目標になった。
そのころ、馬に合いたい一心で草津の実家から栗東トレーニングセンターまで1時間かけて歩いて通った。判断力が低下していたので、途中で田んぼにはまったこともある。リハビリを兼ねて2年間毎日通い続けたが、結局「騎手は無理」との宣告を受け、07年2月に引退した。つらかったが、「馬上インタビュアー」という新たな目標を持つようになった。優勝した馬と並走しながら馬上から騎手にインタビューするリポーターは、日本ではなじみが薄いが、海外では一般的な存在だ。
「騎手は無理でも、これならできるかもしれない!」
体力をつけるため犬の散歩や軽いランニングを始め、今では毎日10㌔を走って、フルマラソンを4時間42分で走ることができるようになった。
地元のランニングクラブ「arc滋賀」に所属、年間5回ほどマラソン大会に出場している。一方、週1回乗馬クラブにも通い、乗馬のライセンス3級を取得した。
「騎手をあきらめて引退したときはショックでした。でも、同期の騎手仲間が引退式を開いてくれて、とてもうれしかったです。先日出場した大阪マラソンでは応援メッセージを寄せ書きした幕をくれました。マラソンでも一緒に楽しみながら走ってくれる仲間がいます。こうした人たちがいてくれたからこそ、ここまで頑張れました。仲間は私の宝物です」現在、常石さんはランニングだけでなく、障がいの理解を求める講演会、競馬のコラム執筆、FM草津の競馬番組への出演など、幅広く活躍している。
「馬上インタビュアーになって、勝利した騎手の瞬間の気持ちを伝えたい。湯気が出ている頑張った馬の姿、鼻息や迫力なども感じてほしい。スポーツとしての競馬のよさをたくさんの人に知ってほしいです!」
(取材・鋒山)
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